記憶の中に残るもの 下


 お疲れさま、とミリアリアは差し入れを片手に代表首長の執務室に顔を出した。
「確認したいことがあってトーヤくんに予定を聞いたら『その時間ですと空いていますので、カガリ姉さまと休憩を取ってもらえませんか』と言われたのよ。本当に良く出来た秘書よね  で、お言葉に甘えることにしました。外に出ていたから例のお店の今月のケーキを買ってきました!」
「あの限定のだろう? よく買えたな」
「タイミングが良かったみたいで最後を滑り込み。わたしがお茶の用意をするから切がいいところで休憩にしましょう」
 勝利に酔いしれるミリアリアは高らかに言った。
 フォークを入れると静かに沈み込む。フルーツがふんだんに使われ、程よい甘さのクリームが舌の上で溶ける。
「疲れたときの甘いものは絶品よね」
 カガリは頷いた。
「トーヤくんには焼き菓子を買ってきたんだけれど食べるかしら」
「……どうだろうな。最近、トーヤも甘いものを好まなくなってきているみたいなんだ」
 成長するにつれ甘味への興味が薄れていくのだろうか。
 秘書になったころはカガリよりも背が低かったトーヤは成長期を経て、アスランとあまり変わらない程に背丈が伸びていた。
「アスランも甘いものを食べるイメージがないんだけれど」
 勝手なイメージかもしれないが、そもそもアスランは食に対して頓着しなさそうな気がする。
「あいつもほとんど食べないぞ。たまに一口ちょうだいと言って、わたしのを食べていくんだ」
 何気なしに言われたふたりのやり取りにミリアリアはにんまりとする。
  っ!」
 恥ずかしそうにカガリは頬を染めた。
「仲良しで何より」
 世間話をしながら一息つくとカガリは問うた。
「それで、確認したいことって何だ?」
 ミリアリアが背を正す。
「ふたりが一緒に写っているものはないかしら。  できれば出会ったばかりの頃がいいんだけれど」
 ないわよね、と同意を得る様な言い回しにカガリは小首を傾げた。
「あの頃の?」
「結婚式前にあなたたちの写真を追加で公表しようという話は聞いているでしょう」
「そういえば、そんな話を聞いた気が……」
「わたしが撮った七十二年以降の写真はあるんだけれど、それ以前のものがなくて」
 ミリアリアは嘆息した。
「誰かデータでも持ってないかと思って声をかけてはいるんだけれど……時期が時期だし」
 言わんとしている事はわかる。ふたりが出会ったのは争いの最中だ。
 そうでなくとも戦争は命だけでなく思い出さえも焼き尽くす。
「それを考えるとよくアスランの幼少期の写真があったわね」
「写真のデータをヘリオポリスの崩壊のとき握り締めて避難したハルマおじさまのお陰だな」
「そっか、キラはご両親と一緒に暮らしていたから」
「うん。その話を聞いたときにアスランは無になっていたけれど」
  まあ、そうなるわよね」
「そんなアスランをみたおじさまが慌てて使えないテレビのリモコンも持って逃げたという話をして……」
「ああ、うん。あるわよね。フォローしようとして失敗すること」
 カガリが視線を外へ向けると青い空の下を鳥が横切っていった。
  ヤマト家でわたしは初めてアスランのお母さまをみたんだ」
 アスランはこの人の子どもだと一目でわかるほど似ていた。
「コーディネーターとはいえ綺麗な人よね」
「やっぱりミリアリアもそう思うか。綺麗な人だよな。そう言ったらアスランは何と言ったと思う? 『写真写りがいいだけだろう』だぞ」
 ミリアリアは呆れたように言う。
「男というか息子ってそういうものなのかしら。あのアスランのことだから気恥ずかしさとか関係なしに本気で思っていそうよね」
「そうだと思うぞ」
「あ、そうだ。わたし、あの親子写真を見た感想を言ったのよ。女の子みたいね、て」
「嫌そうな顔をしなかったか?」
「当たり。虫けらでも見てくるような目で見られたわ」
 過去のこともあり、ふだんはミリアリアに対し強く出ないアスランがあの時だけは違っていた。
「だってわたしもヤマト家で写真を見ながらかわいいと言ったら不服そうな顔をしていたぞ」
「事実を言っただけなのにね」
 楽しそうにミリアリアは言う。
「無いものねだりをしても仕方ないわよね。言葉は悪いけれどあるものを使うかな。  来週撮影予定の近影。わたしが撮る事になったから。任せて」  よろしく、とカガリは笑んだ。



 雨が大地を穿つように降り注ぎ、暗雲に覆われた空の下を雷鳴が走る。スコールと呼ばれる自然現象には驚きを覚えた。
 宇宙で育ったアスランにとって地球の天気とは不可思議なものであり、それは何年経ってもかわらない。
 予告なく降りつける雨が窓を打つ。
 オーブ軍属の証である制服を身にまとい鏡のように反射する窓の中に映る姿にアスランは父をみた。  纏う服は異なれど自分はあの人の息子なのだと。
 幼いときから母親似だと言われてきた。けれども成長するにつれ自身の中に父の面影を見つけてしまう。
 大切な愛しい人を失ったときに自分もあの様になってしまうのだろうか。
 苦しい思いに胸元を握りしめた。
「辛気臭い顔だな」
 聞くはずのない声に顔をあげる。
 スーツをまとう端麗な男  ザフトの情報将校であるイザーク・ジュールの姿にアスランは驚いたように振り返った。
「どうしてここに」
 アスランがいるのはオーブ軍本部内にある執務室だ。
 軍の中枢ともいえるべき場所であり、軍服姿でないとはいえ他国の軍人がおいそれと入り込めるところでもない。
「ノックをしたが返事が一向に返ってこないので開けさせてもらった」
 見れば扉の向こうで見知った顔がこちらに手を振っていた。なるほど彼女の案内でここまで来たのか。
「最適な場所を考えたが、適当なところを見つけられなかったのでアスハ代表に相談したら、貴様の職場が一番だろうと言われてな」
 ふん、と相変わらずな調子で鼻をならした。
 イザークは後ろを振り返り、声をかける。彼女以外にも人がいたらしい。
  エザリアさん」
 現れたのは予想外な人物。
「お久しぶりね」
 イザークにそっくりな、いや彼が母親であるエザリアに似ているのだろうが。
「どうしてもあなたと話がしたくて来たのよ」
 アスランがオーブで会うとは思いもしなかった人。
 執務室の隣にある応接室でアスランはエザリアと対面していた。