| ●● 彼と彼女の恋愛事情 1 |
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ぐるぐるぐる。 まるで滑車を回すハツカネズミのように、カガリはベッドの上で四肢を投げ出し、寝転がりながら悩んでいた。 白いシーツに黄金色の髪が散る。 ぎゅっと傍らに置いている大きなテディベアのぬいぐるみに抱きついた。子どもの背丈ほどもあるテディベアは幼いとき、父親から誕生日プレゼントとして貰ったもので、もう何年も共にしてきたカガリの友達だ。 「 一筋の涙が零れ、テディベアの茶色の毛を濡らす。 窓の外には青い空が広がっている。 本日快晴。 聞こえてくる鳥のさえずりが憎らしい。 父ウズミ亡き今、アスハの名を持つカガリはオーブの代表首長に就任した。何も知らない十代の小娘に務まるほど政治の世界は甘くない。右も左も知らないカガリは目の前にあることを片付けるだけで精一杯だった。 ひたすら走り続けるだけの日々が続いている。 そんなカガリにとって、今日は久しぶりの休日。 若いといっても続く激務に疲れは溜まる。カガリの身体が休息を求めていることは自身でも分かっていた。代表首長である自分が倒れるわけにはいかない。身体を休めなければと思う一方で、どこかへ出掛けたいという気持ちもある。 アスハ邸と行政府の間を往復するだけの毎日。他の場所に出掛けてもそれは話し合いのため。 それだけに休日という言葉にカガリの心は弾む。 それなのに ぽすん、とテディベアの腹に顔をうずめる。 脳裏をよぎるのは昨夜のやり取り。 「あんなふうに言わなくてもいいじゃないか……」 一緒に出掛けたいと伝えたときの驚いた顔。 もともと表情を顔に出さない彼だが、カガリの言葉に翡翠の瞳を丸くすると、すぐさま目を細め鋭い視線を向けた。 『君は自分の立場を理解しているのか?』 感情を押し殺した低い声。 『たしかに、ずっと行政府に缶詰で、外に出掛けたい気持ちも解る』 『だろ! だからさ』 『それでも、休められるときに休んでおくべきだ』 彼の言うことは正論だ。何事も身体は資本である。 『解っているよ! でもいいだろう、少しぐらい』 『少しだけと言って、君が少しだけで済ませたことがあるか?』 至極ごもっともな問いに、カガリは答えに窮する。前科持ちの場合、常に穿り返されるから嫌なのだ。 『た、たしかにそうだが……、でも、いいじゃないか!!』 『いいじゃないか、じゃない。君はこのオーブの代表首長なんだぞ。ずっと睡眠時間も満足に取れない日が続いている。倒れてでは遅いんだ。何度も言うように休められるときに休め』 自分を心配しての彼の不器用な優しさだろうが、鋭い言葉に自然とカガリの瞳に涙があふれてくる。 『なんだよ! お前はわたしと出掛けるのが、そんなに嫌なのか!? アスランの分からず屋!!』 『 琥珀と翡翠の瞳が交差する。先に視線をそらしたのはカガリだった。 『アスランなんか、大っ嫌いだ そのままいつもアスランに言う「おやすみ」という言葉も言わず、走り去るようにその場を後にした。 言うつもりもなかったのに。 つい口をついて出た言葉。 ぐるぐるぐる。 今さら後悔しても遅い。 アスランとどんな顔をして会えばいいのだろう。 せっかくの休日。 そして、この日だからこそアスランと一緒に出掛けたかったのに 「……もしかしてアスラン、忘れているのか?」 何事もそつなくこなすアスランだが、意外と自身のことに関しては疎い いや。 だが。 まさか……。 「姫さま。いくらお休みとはいえそろそろお起きくださいませ」 カガリの思考を遮るように、扉がノックされマーナが顔を覗かせる。 「おはようマーナ」 「おはようございます、カガリさま」 室内に入ってきたマーナは、中途半端に開けていたカーテンを引いた。遮るものがないため陽光が目を射る。眩しさに瞬きながら、つい幼子のように目をこすってしまう。 カガリは首を傾げた。外が思っているよりも明るい気がする。 「もう十一時でございますから、ブランチのご用意をしておきました」 「ああ、ありが」 「じゅ、十一時?!」 カガリは慌てて身を起こす。 外を見れば陽は高く、落ちる影は短い。 「はい。姫さまがお疲れのことはマーナも重々承知しておりますが、寝過ぎもよくありませんよ」 手慣れたものでマーナは手際よくカガリの服を用意していく。 窓の外、せり出すように伸ばす枝に、二羽の鳥が羽を休めている。 アスランと別れた後自室に戻るとふて寝のように早々と意識を手放し、ぐっすりと久しぶりの睡眠をとった。それでも目を覚ましたのは八時頃だったはずだが。 時間も分からぬほどに悩んでいたらしい。 らしくもないことにカガリは乾いた笑みを漏らすと、ぱん、と思い切り頬を叩いた。 「よし!!」 うじうじ悩むのは自分の性に合わない。 アスランに会う、まずはそれからだ。 「マーナ、アスランは?」 彼のことだからこの時間まで惰眠をむさぼっているとは考えられない。部屋で書類の整理か、趣味のマイクロユニットの製作にでも勤しんでいるのではないだろうか。 しかし、返ってきた答えはカガリの予想に反するものだった。 「アスランさんでしたら、朝食を取られてから出掛けられましたよ」 「どこに!?」 思い出そうとマーナが首を左右に傾げた。 「たしか……どこでしたかしら?」 代表首長になって以来、いや、彼がオーブに来てから別行動をとるときには、いつも行き先を告げてくれた。 こんなこと初めてだ。 アスランに嫌われてしまったのだろうか。 ただ呆然と言い表し難い苦しさがカガリの胸に落ちた。 book / 2005.11.13
web / 2024.05.26 |