彼と彼女の恋愛事情 2





 彼女が背負っているものは生半可なものではない。
 朝早くから夜遅くまで。
 息をする暇があるのだろうかと思うくらいハードなスケジュールを毎日こなしていく。
 そんな彼女に休日  そもそも休みさえほとんどない。だからこそ、滅多にない休日に身体を休めてもらいたかった。
 彼女に「一緒に出掛けたい」と言われたとき、ほんとうは嬉しかった。
 外に出ることは気分転換にもなる。
 けれど。
 これ以上、彼女に無理をさせたくない。
 負担になることをしたくなかった。





「ほんとうに、君って馬鹿だね」

 キラの辛辣な一言はアスランの胸に突き刺さる。
 こうべを下げ悄気ている彼をよそに、キラはフォークにさしたケーキを口に運んだ。

「だいたいさ、君はいつも言葉が少ないんだよ」

 華奢な造形のティーカップの取っ手を掴むとキラは紅茶を一息に飲み干す。

「カガリが大切なのはわかるけどさ。もうちょっと言いようってものがあるでしょ?」

 ケーキを口に放り込んだあと、フォークを口でくわえ上下にさせながら、キラはアスランを睨み付けた。

「自業自得だね」

 縮こまりながらアスランはすっかり冷え切った紅茶に口付ける。まるで、己の心情のような中途半端な温さ。味も香りもしないそれは、ゆっくりとアスランの喉を通っていく。
 カガリは鳥かごに閉じこめられた小鳥だった。
 何の力もないアスランはその鳥かごを開ける力がなに。ただ傍らで見守るしかできない。
 閣議の間、別室で控えているしかないアスランには、その中でどんな話し合いが行われているのか知らない。カガリは話そうとしないし、アスランも聞こうとは思わなかった。それでも彼女がときおり枕を濡らしていることを知っている。
 彼女の嘆きを取り除くことが出来ない自分が歯がゆかった。
 カガリを大切に思うからこそ、なのに。

「言わなきゃ伝わらないことだってあるんだよ」

 その一言が重い。

「……わかってはいるんだが」

「わかっては、ね」

 なぜか今日のキラはねちっこい。
 キラはソファから腰をあげると、空の皿を持ってキッチンへと消えた。
 アスランは小さく息を吐くと、外に視線をやる。
 いつ見ても変わらない穏やかな景色が広がっていた。
 しょうもない諍いだと思っている。
 売り言葉に買い言葉。
 ついきつい口調で喋ってしまった。
 カガリに謝らなければ。
 しかし、耳について離れないのは去り際に吐かれた彼女の言葉。

『アスランなんか、大っ嫌いだ  !!』
 ほんとうに彼女に嫌われてしまったのだろうか。
 思考は常に堂々巡り。考えても、考えてもなにも浮かばない。
 自室に戻ってから悶々と悩んでいるときに、キラから通信が入った。

(やっほー。アスラン、元気にしている?)

 無性にキラの脳天気な顔が憎らしかった。キラの笑った顔はカガリとそっくりだから。

(アスラン、明日は時間あるかな?)

(明日? ああ、カガリが休みだから時間はあるが)

 休み、というアスランにキラは笑みを散らす。

(うわぁー、ナイスタイミング  て、アスラン、なんだか暗くない)

 両者の間には通信モニタがあるのだが、キラは画面に顔を近づけ覗き込むようにアスランを見る。
 キラの指摘についぷいっと顔を逸らす。

(もしかして、カガリと喧嘩したとか?)

 逸らしたまま微動だしないアスランに呆れた声がかかる。

(なに、ほんとうに喧嘩したの?!)

(……喧嘩というか、なんと言うか……)

 ぼそぼそと喋るアスランにキラはぴしゃりと言う。

(さっさと謝るべきだね)

 いや、その、とだんだんと小さくなっていく声に反してキラの苛立ちは募っていく。

(アスラン、明日、朝一でこっちに来て)

  は?)

(今日はもう遅いし、なんだか長くなりそうだし。とりあえず話は聞いてあげるから)

(お、おい!! キラ!)

 じゃあね、と砂嵐のなかに親友の顔が消える。
 翌朝、カガリのことも気になるが、仕方なしにやって来た孤島にあるマルキオ導師の家。
 着いた早々に言われた子どもたちの言葉も痛かった。言葉に飾り気がないだけにストレートにくる。

『カガリお姉ちゃんはどうしたの?』

 彼女の存在が今は遠い。

「悩むのもたいがいにしておかないと、ハゲるよ」

 いつの間に戻ってきたのか、キラはアスランの向かいソファに腰を下ろし二つ目のケーキを食べている。
 それ、とビシッとフォークで指すのは、アスランの前に置かれたケーキ。
 等分に切り分けられたケーキは手つかずのままだ。

「好きでしょう? サツマイモのケーキ」

 スイートポテトにも似たほのかに甘いケーキ。

「母さんが君のために作ったんだから、ちゃんと食べてよね」

 小さく切り分け、口に運ぶと甘さとともに懐かしさも広がる。

「そういえば、今日はどうしたんだ?」

 アスランの発言にキラは目を丸くすると、ぐいっと身を乗り出してくる。

  アスラン、今日が何の日か覚えないの?」

「何かあったか?」

 首を傾げるアスランにキラは盛大に顔を顰めた。

「昔から無頓着だとは思っていたけど……まさか、ここまでだとは」

 静かな室内にため息の音が響く。

「今日は何月何日?」

 きょとんとした表情をし、彼は頭の中のカレンダーをめくるように顔を上げる。

「十月二十九日」

「君の誕生日でしょ」

「……あ」

 キラはソファの背もたれに身体をあずけるとふんぞり返る。

「そう。今日は君の十七の誕生日。だから、昨日の通信で今日来られるか聞こうと思ったんだよ」

 最近、慌ただしくてすっかり忘れていた。
 日にち自体は認識していた。ただその日に何があるのかをすっかり忘れ去っていたのである。
 キラは穏やかな笑み浮かべ肩をすくめた。
「ほんとうは、君の誕生日とハロウィンを合わせて子どもたちとどんちゃん騒ぎをしようかと思っていたんだけどね。カガリが仕事で、君一人だったら可哀想だと思ったから」

 それで、とアスランは頭上を張り巡らしてある色とりどりの輪飾りを見る。

「この計画の発案者はカガリだから」

 はたりとアスランの動きが止まる。

「それなのに、誰かさん達が喧嘩したおかげで計画が台無しだよ」

「……すまない」

「それを食べたらさっさと帰ってね。僕たちはこれから数日早いハロウィンをやるんだから」

 つい苦笑がもれる。

「僕は君におめでとうとは言わないよ」

 キラの声を背にうけ、アスランはマルキオ邸を後にした。









book / 2005.11.13
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