| ●● Promettre son amour 1 |
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On ne fait pas d’omelette sans casser des œufs. 沈み行く夕陽が海を染め上げ、夕焼けの広がる空に紫紺の絨毯が敷かれていく。 棚引く雲が紫色に色づき、鮮やかなオレンジ色が一筋、海の上に伸びていた。白波にキラキラと光りが散る。 夜が近づくにつれて、周りの音はその勢いを潜め、緩やかに打ち寄せる波の音だけが大きくなっていく。 日が暮れるにつれ、肌寒さを伴ってきた風に吹かれ小さく身震いをすると、テラスの手摺りを握りキラは空を見上げた。 不思議な色が混じり合い、果てなく続く宇宙(そら)に、星の瞬きが一つ、また一つと露わになっていく。 地球から見る宇宙には、明るい星、暗い星、いろいろな星を見ることが出来るが、あの漆黒の闇の中で、星の姿を目にしたことがあったろうか。 もっとも、あの時、星を見るという余裕なんて、どこにもなかったけれど。 ここにいると、モビルスーツに乗っていたことや、あの宇宙にいたことが、昨日のことのようにも随分と昔のことのようにも思えてくる。 あの出来事が、全部夢ではないのかと思ってしまうほど、この場所は世俗から隔離されていた。もっとも、通信機器などがあるから、完全に世間から切り離されているということはないのだが。 ぼんやりとしているうちに一日は始まり、終わる。 海に囲まれた小さな島。 陽が昇り、陽が沈む。 海を渡る風は穏やかで、激しくて。 絶え間なく響く波の音。 時の長さは同じなのに、今、自分を包む時は、あの頃よりもゆっくりと流れているように感じる。 鈍い音がして、テラスに通じる扉が開かれた。パタパタと走り回る足音、子どもたちの笑い声、物のぶつかる音 それまで遮断されていたざわめきが漏れてくる。 ゆっくりと視線を動かし、そこから顔を出した人影を見て、キラは軽く笑んだ。 「 名を呼ばれ、振り向いた彼の濃紺の髪を海から吹き寄せる風がなびかせた。 アスランはキラの双子の片割れであるカガリと、このマルキオ導師の孤島にやって来た。彼女と共に明日まで滞在することになっている。 この島には自分たちしか住んでいない。変化のない日々は子どもたちにとって退屈なものらしく、アスランとカガリがやって来ると、子どもたちは待ちわびていたように、二人のもとへ駆けていく。先ほど、キラがテラスに出たときも、アスランは彼らに取り囲まれていたのだが、やっとその中から抜け出してきたらしい。 アスランは苦笑を浮かべ、隣に来て並ぶ。 「……誰も俺のことを『アレックス』と呼んでくれないんだな」 アレックス・ディノ 戦後、オーブに亡命したアスランは、それ故に『アスラン・ザラ』を名乗ることは出来ない。まして、アスランの父はあのパトリック・ザラだ。ザラという名にはいろいろと厄介なものが付きまとってしまう。 「子どもたちは? 一応、教えたんでしょう?」 一応、を強調しながら意地悪くたずねると、アスランが睨んできた。答えを知っているのなら聞くな、と言いたげに。たしかに、一部始終を見ていたのだから、その答えを聞くまでもないのだが。 アスランの憮然とした顔に、キラは笑う。 結局、彼は子どもたちに『アレックス』の名を教え込むことはできなかったらしい。 そんな彼の隣で、必死になって『アスラン』と連呼していた陽光のような金髪を持った少女。そういえば、自分は彼女がアスランを『アレックス』と呼んだことを聞いたことがない。 「カガリは?」 先日、オーブの代表首長に就任したカガリ。アレックスはその護衛。必然的にアレックスとカガリは、共にいる時間が長いはずだ。 「あいつが俺のことを『アレックス』と呼んだのは、片手で足りる回数だよ」 アスランは複雑な表情を浮かべた。 「カガリらしいね」 カガリとて理解しているだろうから、公の場で、彼の名を呼ぶことはないだろう。だが、アレックスと呼ばないのは、彼女なりの抵抗であり、不器用な気遣いなのかもしれない。 それに、とキラは思う。 友に付けられた、偽りの名。 彼女同様、自分もアスランのことをアレックスと呼ぶことはないだろう。 アスランは身を反し、手摺りにもたれ掛かると俯いた。 なびいた髪が彼の横顔を隠す。 風が啼いた。 「子どもたちに 何かに耐えるように、アスランはその言葉を吐いた。 「アスランなのに、どうしてアスランじゃないの? てたずねられたよ」 アスランなのに、アスランじゃない。 なんて残酷な言葉なのだろうか。 子どもたちの無邪気な問い。 あの戦争で、母を失い、父をも失ったアスランに残された家族の絆。 『アスラン』と名付けたのは、おばさんだろうか? それとも、彼のお父さんなのだろうか。亡くした両親と彼を繋ぐもの。それさえもアスランは隠さねばならない。 名乗ることの出来ない名前 「アスランはアスランだよ」 十三の歳まで一緒にいた親友。戦争が起きたため離ればなれになり、邂逅したときは敵同士だった。過ぎ去った時が戻ってくることはなくても、それでも、再び手を取り合うことができた。 目の前にいるのは幼なじみのアスラン・ザラだ。他の誰でもない。 「アレックスを名乗っても、君がアスランであることには変わりない」 「当たり前だ」 でも、とアスランはそこで言葉を切った。 「 それはかき消されそうなほど小さな叫び。 アスランは端正な顔を歪め、自虐的な笑みを浮かべる。 「覚悟はしていたけれど、……やっぱり、辛いな」 彼は拳を握りしめていた。 夕陽を背に受け、それが深い陰影を刻む。 「……アスラン」 思いを絡めるように、強く風が吹いた。 砂が幾重にも波打っていく。 あの戦争で失ったもの。そして得たもの。 頭上に広がるあの宇宙で消えた、いくつもの灯火。 ラクスやカガリとの出会い。 戦争が起こらなければ、知りうることもなかっただろう自身の 出生の秘密。 キラは手摺りを離れると、テラスから浜辺に下りた。歩くたびにザクッ、ザクッと靴が砂にめり込み、すでに馴染みのものとなった潮の匂いが纏わりついてくる。 全てを飲み込むかのように、太陽が水平線の彼方に没していく。 「……変な感じだよね」 天を仰げば夕と夜の狭間に、白い月が浮かんでいた。 「何がだ?」 アスランがこうべを振った。 「 見上げた空に浮かぶ月。 その言葉に、アスランも手摺りから身を乗り出し、感慨深げに頷いた。 月 もし戦争が起こらなければ、自分はヘリオポリスに行くこともなく、他愛のない日々を送り、あの場所に住んでいたのだろうか。 あの憎しみも哀しみも、怒りも知ることもなく。 けれど、あの頃の僕らはもういない。あの頃のように無邪気に笑っていられる自分たちはいない。 知ってしまったから。 混沌に蠢く世界を。 あたりは薄闇が覆い、窓から漏れる淡い暖色の光が、影を作り出していた。 その影が歪む。 パタパタと足音がし、扉が勢いよく開かれ、子供たちが顔を覗かせた。 「おにいちゃんたち! もうすぐご飯できるよ!」 「今日は、ラクスとカガリが作ったんだぞ!」 「カガリおねえちゃんが、すっごいの作ったんだから!!」 「早くしないとなくなるよ」 矢継ぎ早にそれだけ言うと、再び、音をたて扉を閉めた。あとには、美味しそうなご飯の匂いが残る。 キラはアスランと顔を見合わせ、吹き出した。なぜだかとても可笑しくて、目尻に涙が浮かんでくる。 ふとキラは、アスランを見やる。 「カガリ、料理出来たんだね」 失礼かもしれないけど、黙っていればお姫様、口を開けばおてんば娘の彼女が料理なんて、どちらのイメージでも程遠い。もっとも人のイメージなんて、当てにならないことはありありと経験したのだが……。 さも意外そうだ、といわんばかりのキラに、アスランは目をまばたき、ああ、と頷く。 「作法の一つとして料理を習ったそうだ」 へー、とキラが感嘆の声をあげると、 「見かけは悪いけどな」 心なしか、彼は頬を赤らめていた。 「ふーん、じゃあ、アスランはカガリの手料理を食べたことがあるんだ」 「何度か。美味しいよ。それに、最近、見かけもよくなったし」 ぶっきらぼうに言いながらも、アスランは優しい笑みを浮かべている。 キラはアスランを睨め付けた。 まったく、さっきまで悲しみにくれていた君はどこにいったんだ、と言いたくなるくらい、アスランは幸せそうな表情をしている。 なんだか面白くない。 キラはそっぽを向くと、溜息を吐いた。 残光を受け、砂の中で何かがキラリと光る。目を凝らして見ると、それは波にもまれ、この砂浜にたどり着いた、薄い赤色の珊瑚のカケラ。 ふいに、脳裏をピンク色の影がよぎる。 戦中から自分を支えてくれた少女。 ラクス・クライン。 料理。 白と黒。 黄色の物体。 まるで連想ゲームをしているかのように次々に浮かび上がる、忘れることなど出来るはずもない思い出。 「 「…………は?」 アスランの間の抜けたような顔を横目に見ながら、キラは子どものように、浜辺に落ちる影を踏んでいく。 「 それは、重大かつ重要な問題。 突然の問いかけに、アスランは怪訝そうに頷いた。 「ここに」 言葉を遮るようにキラは言う。 「プラントにいた頃」 「プラントにいた頃?」 鸚鵡返しにアスランが問いかける。そう、とキラが頷くと、彼は顔を仰いだ。 「……お茶はあるが たぶん、アスランもないのだろう。 アスランと一騎打ちをし、その後プラントに運ばれて、クライン邸に滞在していたが、そこで彼女が料理をしているところを見たことがない。目にしたのは彼同様、ラクスがお茶を入れているところだけ。 婚約時代に彼女の手料理を食べる機会がなかった彼は、ある意味運がいいのかもしれない。 「ラクスの料理がどうかしたのか?」 キラは虚ろにアスランから視線をそらすと、どこか遠くを眺めながらぼそりと呟いた。 「アスランは幸せだね……」 キラ? と彼の声が降ってくる。 そう。たとえ見かけが悪かろうと、彼女(あまり、認めたくないけれど)の美味しい手料理を食べられたのだから。 もう口にすることはない、ラクスのあの料理。 忘れたくても忘れられない、あの味 今の彼女の料理からは、想像も出来ないあの……。 それは、数ヶ月前のあの日に遡る book / 2005.08.21
web / 2024.05.12 |