| ●● アスラン少年の苦労日記 Diary log:03 Autumn 4 |
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狭くはないだろう体育館内は多くの生徒でごった返していた。実行委員の腕章をつけた生徒たちが最後の詰めとばかりにバタバタと動き回っている。薄暗い館内の中でよく走れるものだ。 文化祭が始まるまでまだ時間があるためか、あちらこちらで話に花が咲いていた。 「今年のオープニングセレモニーは何をやるのかしら」 「去年は和だったから、今年は洋じゃないの」 「いやいや、間をとってアラビアンか中華風かも」 クラス事に割り振られた椅子の一つに腰掛けプログラムをうちわ代わりに扇いでいたカガリのまわりで徹夜などなんのこそ、三人娘と称されるアサギ、ジュリ、マユラがあれやこれやとテンション高く言い合っている。 空調が効いているだろうが人口密度の高い館内はどこか蒸し暑かった。 「ねえねえ、アスランくんから何か聞いてないの?」 前の席から身を乗り出すようにジュリが問う。 「わたしは何も聞いていないぞ」 カガリの返答にマユラは残念そうに肩を落とす。 「カガリが知らないのならダメか」 「やっぱり見てのお楽しみってことなのね」 「気になるなー」 「もうちょっとしたらオープニングセレモニーが始まるんだから、何をやるのかわかるだろう」 「そりゃあ、知ってしまったら面白くないけれど」 がしりと三人は手を組み合う。 「けれど気になる。その矛盾に身悶えてしまうのよ」 瞳を輝かせながらどこか遠くの一点を見つめていた。 「……あのな」 カガリが一言いおうとしたとき、スピーカーから聞き知った声が流れてくる。 「ほら、始まるぞ、お前ら」 『全校生徒の皆さんにお知らせします。長らくお待たせいたしました。ただいまよりオープニングセレモニーを開催いたします 照明が完全に落とされ、どこからともなく軽快な旋律に明るい歌声が聞こえてきた。 薄い紗を落としたステージのスクリーンで影が動き出す。 (王様、王様。わたしたちは王様に相応しいこの生地で立派な服を仕立てましょう) (王様のために服を作らなければ) 物語はいくつもの声によって紡がれていく。 昨年の文化祭は、ほら貝の音とともに当時の実行委員長 アスランから数えて二代前の生徒会長が武将装束に身をつつみ、同じく鎧兜をまとった実行委員を従え合戦がはじまるがごとく鬨の声を上げ、始まりを告げた。 そのパフォーマンスに心が躍ったことは熱烈な印象とともに残っている。カガリも彼女たちと同じようにオープニングセレモニーを楽しみにしていた。 どうやら今年は『はだかの王様』らしい。幼い頃読んだ話の内容は曖昧ながらも覚えている。しかし、人事ながらこの話でどうやって最後まで持っていくのだろうとカガリは心配になってしまう。 (王様、これが新しい衣装でございます) (この服をきてパレードをしよう) 歌は終わり、かわりに高らかに吹き鳴らされるファンファーレ。舞台は暗転し体育館後部にライトが当たると一拍おいて悲鳴と笑いの嵐に包まれる。そこには館内にいた人々の視線を一身に浴びる文化祭実行委員長 威風堂々と彼は歩き出す。 しかし、王冠に杖を持ちマントを羽織っているが、彼はマントにの下にカボチャパンツしか履いておらず、また、マントには「はだかの王様 イザーク・ジュール」と書かれていた 姉しかいない末子のミリアリアにとって、自分が「おねえさん」になれる機会は心地よい時間だったりする。それも一つしか年の違わない甥よりも年の離れた女の子のおねえさん役をするほうが心浮かれるというものだ。 電車を降り改札をくぐると、通い慣れた方向とは逆に歩き出す。駅前の大通りを抜け、黄昏小道へと通ずる道とは反対の道に入ると小高い丘の上にある学校が見えてきた。 ミリアリアの通う学校と同様、アスランたちの学校も住宅地の中にある。しかし、両者の違いは坂道があるかないかだろう。予想外に急勾配な坂道を登り、前日からザラ家へ泊まったミリアリアは、一般入場に合わせてステラとやって来た。 入り口で一般客であることを示す赤い花飾りを受け取り、ミリアリアは自分とステラの胸元へ着ける。 九時半の開場に合わせてやってきたのだが、入り口である正門近辺は既に人でごった返していた。高校で行われるただの文化祭のはずだがこの人の多さは何だろう。 夏に行ったジブラルタル公園のエントランスでさえこんなに人はいなかったぞ、とミリアリアは思う。 もっとも、入ってしまえば散ってしまうジブラルタル公園とは違い、今回は入り口付近で人が留まっているせいで込んでしまっているのだろう。 「アスランたちはどこかしら」 「おにいちゃんいない」 しょんぼりとステラが肩を落とす。 女子校生活も六年目に入ると学校という空間に異性がいることに対して違和感を抱いてしまう。 右を見ても左を見ても同性しかいない女の園での生活に慣れきってしまった影響かミリアリアはどこか居心地の悪さを感じてならない。 慣れとは恐ろしいものだ。 「ジブラルタル公園に遊びに行ったときはアバウトな待ち合わせ場所を指定してもよかったけれど、今回の正門付近という場所は失敗ね。 携帯電話を取り出しミリアリアは短縮に入れてあるダイヤルにコールする。 いつもの癖でアスランに電話を掛けてしまったが、彼は直ぐにでるだろうか。だが、ミリアリアの心配は杞憂に終わった。 珍しくワンコールで応えが返る。 『ミリアリア?』 彼も人ごみの中にいるのか周りが騒々しく少し聞き取りにくい。 『ええ、ミリアリアよ。着いたところなのだけれど人が多くて』 同年代の子どもよりも小柄なステラはあっという間に埋もれてしまうために、ミリアリアは彼女の手を引きながら人ごみの密集地から脱出する。 『今、門から少し離れた場所に置かれている校訓が彫られた石の前にいるから、悪いんだけれどここまで来てもらえるかしら』 『着いたよ』 声が右と左からワンテンポ送れて届く。アスランは「行く」ではなく「着いたよ」と言った。 「ミリアリア、ステラ」 そして間近で聞こえた声は 「お姉ちゃん」 するりと握っていたステラの手が抜け、彼女は間近の人物に抱きついた。 「おはよう、ステラ。ちゃんとミリィの言うことを聞いていい子にしていたか」 「ステラ、いい子にしてた」 数時間ぶりに再会した姉妹の隣で、携帯電話を片手に手をあげる男が一人。 「すごい人だな。直ぐに会えないかと思ったけれど分かりやすいところにいてくれてよかった」 「ちょ、アスラン、あなた気づいていたなら電話に出ないでよ。通話料金がもったいないでしょう」 阿呆らしくてミリアリアは脱力した。 改めて四人が落ち合ったところで場所を移動する。校舎伝いに歩いているのだが、人の流れから外れているのか人通りはない。 初めて訪れる場所にミリアリアは興味津々だ。 「おにいちゃん、どこ行くの」 やはりステラはステラだった。お姉ちゃん、と抱きついていったものの、数分後にはアスランにしがみついていた。今もステラの手はアスランを握っている。 「荷物を置きにいかないといけないから、生徒会室に寄りたいのだけれどいいかな」 言われてミリアリアは初めてアスランが大きな紙袋を持っていることに気づいた。 「それは何?」 「これはオープニングセレモニーで使った道具だ」 「オープニングセレモニー?」 そんな事、入り口で渡されたリーフレットに書いてあったかしら。 ミリアリアが首を傾げるとカガリが申し訳なさそうに言った。 「オープニングセレモニーはうちの生徒、教員が対象で、一般入場前に行われるんだ」 「そう。残念ね。それで、どんなことをしたの?」 「俺は照明をやっていたけれど……」 「はだかの王様が出たんだ」 「はだかの王様?」 鸚鵡返しに答えてしまう。 「ステラ、はだかのおうさま、知ってる」 学校で読んだことあるの、とストーリーを語りだす。 きょとんとしていると隣を歩くカガリが笑いを押し殺していた。 「ど、どうしたの。カガリさん」 「す、すまない。思い出すと笑いが収まらなくて」 「そんなに凄かったの?」 いったいどんなはだかの王様が出たのだろう。気になってしまう。 「ああ、今なら、生徒会室に王様がいるかもしれないな」 そう言いながら、アスランは辿り着いた目的地の扉を開けた。 第一声は、 「あれはどう考えても罰ゲームだろうが!!」 という男の怒声だった。 「まあまあ落ち着けって。だいたい、あれに決まったときにイザークは反論しなかっただろう」 さっそくどこからか調達してきたのか、フランクフルトをかじりながら、不本意ながらよく知っている男、ディアッカ・エルスマンが宥めている。 もっとも、あれだと宥めているのか煽っているのか判断に困るところだが。 「荷物を持ってきたのだが……」 アスランの声にやっと気づいたのか、四つの瞳がこちらを向く。 「アスラン、お疲れ さきほどまで激昂していた男が、顔を赤くしている。彼もだろうが、こちらとしても気まずい。 「顔を洗ってくる!!」 彼は踵を返し、近くにあった階段を上っていった。水音がするところをみるとこの上には洗面台があるらしい。 「皆はどうしたんだ?」 「歌姫とニコルはそのまま体育館で行われているオケ部と合唱の合同ステージに出ている。ソルはクラスからの呼び出しで出ていって、さっきまでシホちゃんがいたんだが、あれに付き合わせるのも可哀相だから友達と楽しんでおいでと送り出した。 「おうさま? はだかのおうさま、パンツいっちょう!」 子どもの高い声は響く。カガリはあわててステラの口を押さえ、恐る恐る階段を見上げた。 「それは俺が片付けておくから、アスランはお姫様方をエスコートしてこい。これをやるよ」 ディアッカはポケットから紙を数枚取り出すとステラに手渡した。 「うちのクラスでやっているゲームのタダ券。ちい姫にはいいんじゃないか」 「ありがとう、ディアちゃん」 「豪華景品があるからな。ちい姫も頑張るんだぞ」 「ステラ、がんばる!」 券を握り締めるステラにカガリが慌てて、ステラのカバンを開け、券をしまうように即している。 「じゃあ、ディアッカ。後で」 「おおよ。時間に遅れるなよ。ミリィ、俺も出るからよろしく!」 何が「よろしく!」だ。ひらひらと手を振るディアッカにミリアリアは、 「ミリィなんて気軽に呼ばないで。ミリアリアよ」 舌を出し、力任せに生徒会室の扉を閉めた。 南校舎一階。 南側に部屋を配置しているため、必然的に廊下は北側になる。灯りをつけるほどの暗さではないが、一直線に伸びる廊下は昼間でも薄暗い。 生徒会室を後にした一行は、アスランとカガリが所属する科学部の展示をしている化学室へ先行するアスランとステラを追う形でミリアリアとカガリは歩いていた。 「たいしたことはしていないぞ。今年の文化祭は今日の午後にする そこでカガリはいったん言葉を切る。 「虎が『諸君、これぞ化学の世界だ』とか言って、ビーカーやフラスコを使った自家製珈琲抽出機をど真ん中に設置して、それが目玉のようになって 化学室の入り口前で立ち止まってしまったアスランの背にカガリがぶつかる。ミリアリアもついステラにぶつかりそうになってしまった。 何事かと顔を上げた先、化学室へ足を一歩踏み入れた地点には、暁学院中等部の冬服の上に白いエプロンを身に着け、ストレートの茶の髪を背中にたらし、頭上で赤いリボンをつけた紫色の瞳の大きなカガリそっくりな女の子がいた。 「お帰りなさいませ、お嬢様、旦那様。〈虎のコーヒー屋〉へ」 カガリのそっくりさんは声が低かった。 最初に我に返ったアスランが踵を返し、立ち去ろうとするが、後ろ襟をキラに掴まれる。 「なんで去ろうとするの、ひどいよ。アスラン。せっかくみんながこっちに来ている姿を見かけたから準備して待っていたのに」 「キラ、女装」 「女装じゃないって、ステラ。これは仮装なの。か・そ・う」 「え、キラくん!?」 「ミリィさんだけ理想的な反応ありがとう」 「キラ。いつから科学部が〈虎のコーヒー屋〉になったんだ」 「虎の乗っ取りか」 「乗っ取りとはしていないぞ、ヒビキ。ちゃんと申請はしているさ」 キラの背後から姿を現したのは、ビーカー片手にコーヒーを語る件の元凶。 「まあ、立ち話もなんだからこちらへどうぞ。我が科学部の部員一同および、素敵なお嬢さんと可愛いお嬢さん」 果たしてカガリの言っていたとおり、化学室はコーヒーに溢れた教室だった。 紙コップも用意されていたのだが、なぜか彼は準備室から数個のビーカーを持ってきた。 一緒に準備室に行ったアスランはマグカップと牛乳を持ってきて、慣れた手つきでフラスコからコーヒーを取り、牛乳と砂糖を入れカフェオレを作るとステラに渡した。 目の前に差し出されたビーカーには並々と注がれたコーヒーが香ばしい匂いをたてている。ハンカチでビーカーを受け取りながら、ミリアリアは失礼だと思いながらもついまじまじと見てしまう。 話から察するに彼がコーヒー狂いの化学教師であり、ミリアリアもよく行く『砂漠のオアシス』の店長の旦那さんなのだろう。 「僕の顔に何か面白いものでもついているかな」 「すみません。いえ、何もついていないです」 「では、全員にコーヒーが行き渡ったところで自己紹介をしよう。科学部顧問のバルトフェルドだ。よろしく」 「ステラ。おねえちゃんのいもうとなの」 「それを言うなら、カガリおねえちゃんの、だろう」 「わすれてたの」 えへへ、とステラは笑う。 「わたしはミリアリアです。アスランとは親戚で。よく『砂漠のオアシス』にお邪魔させていただいています」 「では、ザラとよく来る女子高生とは君のことかな」 「アスランが浮気をしていなければ、わたしです」 隣で咳き込む音がする。 「心当たりがあるの」 「アスラン」 「おにいちゃん、うわき?」 椅子の倒れる音がして、アスランが立ち上がる。 「浮気なんてしたことがないし、したいとも思わない。たしかにミリアリアとアイシャさんのお店にはよく行くけれど、カガリやミリアリア以外の女の人と一緒に行ったことはないし、俺が好きなのはカガリだけだ!!」 我に返ったアスランは、羞恥心からか赤面し、カガリも顔を真っ赤にさせている。 運良く室内に他の人はいない。 我が甥ながら恥ずかしい男だ。 「おにいちゃん、ステラ、ゲームやりにいきたい」 おとなしくしくカフェオレを飲んでいたステラがじっとアスランを見つめてくる。 「わたしはまだここでコーヒーを飲んでいるから三人で行ってきたら?」 苦戦して中々コーヒーを飲むことが出来ないビーカーを前にしてミリアリアは苦笑いをする。 「僕もゲームがやりたいよ」 「なら、キラが行くか?」 「遠慮しておく。どちらにしろ、今日は僕が当番の日だからここを離れるわけにはいかないし。ミリアリアさんもそう言っているんだし、三人で行ってきなよ」 「早くいくの」 化学室の戸口でステラが手招きをしている。 「じゃあ、ミリアリア。俺たちは行ってくるよ」 「いってらっしゃい」 アスランとカガリ。二人連れ立って出て行った。 化学室内に三人が残る。 ミリアリアは行ってらっしゃい、と三人を送り出したが、どちらか一人でも残ってもらえばよかったかと考えてしまう。 何を話せばいいのか。 「ミリアリアさんは午後の舞台を見るの?」 どうしようかとコーヒーをすすっていたミリアリアにキラが問う。 「科学部が協力して、ディアッカが出るやつね」 「そうそう。僕やアスランも出るんです。僕は適任がいなくてたまたま出ることになったんだけれど」 「アスランも?」 キラの言い回しに引っかかりを覚える。 「役者として。あれ、もしかして聞いてません?」 「アスランは文化祭に遊びに来ないか、とは言っていたけれど、そのことについては何も聞いていないわ」 「恥ずかしかったのかな」 「どうかしら。それで、どんな劇をやるの?」 「文芸部の部長が生徒会役員をモデルに書いた小説を、演劇部が脚色したという渾身の作 和洋折衷ドロドロ愛憎ファンタジー?」 いったいどんな内容だ。 「とりあえず、その劇にアスランが出るのね」 これはいい事を聞いた。しかし、困ったことも生じてくる。 「君たちのために席を用意しよう。午後の舞台は席が決まっていないからごった返してしまうからね。せっかく来たんだ。特別席のほうはまだ余裕がある。二人分くらいどうってことはない」 バルトフェルドの提案に、ミリアリアは問うてみた。 「すみません。それ、もう二人追加の四席を確保していただけませんか」 *** 高い音をあげ玉が割れた。 その四散する音を、少女はたゆたう水の中で聞いた。その音は深い眠りの中にあった意識を引き上げる。 まどろみの中にいた少女は目を覚ました。 白煙を漂わせる香の匂い。 数段の階を構え、背後には瀑布をあげる滝が流れ落ちる。薄紗で遮られた向こう側に、巫女は坐していた。 「満ちては欠ける。それは理にそう月の動き。 抑揚をもたない無機質な声。 色のない無数の破片が光を乱反射させながら少女を取りかこむように円を描きながら回っていた。 薄紅の髪に見え隠れする額に一輪の紫連の花が咲く。 背丈ほどある長い髪を頭上で小さく輪を結い、薄水色の衣を纏った少女。その蒼の瞳に何を写しているのかわからぬ、表情のない凡庸とした顔であたりを見やる。 「石が割れました。何がございました」 巫女の問いにシホが躊躇うように口を開く。 「 「彼の君が再び姿をお見せになられましたか」 感情を持たない声が耳を打つ。 「して、王は何と申しました」 シホは言葉を詰まらせ、沈黙が支配する。 「覚悟は出来ています。さあ、王は何と申した」 「契約を果たせ シホの声が震える。 たったそれだけの言葉に含まれた意味は、重い。 「承りました。わたくしもすぐに王宮へ戻りましょう」 book / 2008.08.16
web / 2024.11.11 |