| ●● アスラン少年の苦労日記 Diary log:03 Autumn 5 |
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お昼ごはんを食べ終え、早々と集合したからか、公園の中には他の子どもたちの姿は見えない。 狭くはない公園だが、やはり他の子どもがいると住み分けが大変だったりする。他に邪魔をされない今こそ、広さがなければできない遊びをするときだ。 「シン! 高鬼をするわよ」 ゾウの滑り台のたもとに体育座りをしたままのの字を書き続けるシンをルナマリアは呆れたように見やる。 ルナマリアの遊ぶわよ、という誘いにのって公園までやってきたのだが、着いたときからあの状態だ。 「ステラちゃんと遊べなかったからっていつまで不貞腐れているのよ」 図星を突かれてさらにシンは、更にやけくそのようにのの字を書き散らしていく。 「アスランさんたちの学校に遊びに行くっていう約束のほうが先だったんだから仕方ないじゃない」 「男の嫉妬は見苦しいぞ」 「おねえちゃん、もうシンはほっといて三人で高鬼をしようよ」 待ちくたびれたのか、ブランコを漕いでいたメイリンがいい考えだ、とばかりに駆け寄ってくる。 「俺もやる」 ぼそり、と言うはするものの、相変わらずシンはてことも動かない。 「いつも言っているじゃない。シンがアスランさんに適うわけないの。ほら、さっさと立って」 シンの傷口に塩を塗りこみながら、ルナマリアは手を高く掲げ、 「さあ、やるわよー」 じゃんけんをした。 まだ早い時間にもかかわらず自由に座っていいためか、体育館に並べられたパイプ椅子はほどよく人が座っていた。 下ろされた舞台の緞帳の向こう側から、最後の準備をしているだろう物音や声が飛んでくる。一種の張り詰めたどこかピンとした空気があたりに漂っていた。 暗幕の閉められた館内は、明かりがつけられているとはいえ薄暗い。昼間の日差しが照る野外から入ると目が慣れず視界にフィルターがかかったように色が抜け、遠近が取りにくく何度か瞬きをする。 ミリアリアは数時間前にバルトフェルドからもらった体育館内の配置図を頼りに席へ向かう。行けばすぐわかるという彼の言葉とおりに、「特別席」と書かれ区分された一角はすぐにたどり着くことができた。 中央から少し外れた前のほうの席。中央部前面に機材が置かれていることを考えるとかなりいい場所だ。 腕時計を見ると開演までまだ時間は十分ある。この分だと彼らも遅れることなく間に合うだろう。 隣の席ではステラがおとなしく配布された小冊子を眺めていた。それに倣うではないが、ミリアリアもパラパラとめくる。小冊子はとても文化祭の中の一部で行われる劇のものとは思えない豪奢なものだ。 あらすじとキャストが写真入りで載っており、写真も衣装を着てバストアップで写っている。 「ミリィちゃん。おにいちゃんとディアちゃんが載ってる」 くいと服を引っ張られ、ステラが顔を見上げてくる。 彼女の膝上に広げられたページには見知った二人顔写真。演じる役名と彼らの簡単なプロフィールまで書かれていた。いろいろな意味で本格的な小冊子だ。 「おにいちゃんはどんな役なのかな」 「うーん。これを読んだだけではちょっと分からないわね」 キラに聞いても、見てのお楽しみとばかりに教えてくれなかった。 ディアッカも観に来て、とは言いながらもどんな役を演じるとは一言もしゃべっていない。 そんなにおかしい役でも演じるのだろうか。 「あら、カガリさんも出るみたい。ここに名前が載っているわ」 キャスト一覧の一番下に、役名こそ書かれてはいないがカガリの名前があった。 「おねえちゃんも?」 「ええ、ここに。裏方のお手伝いをするとは言っていたけれど。カガリさんも意地悪ね。教えてくれたらよかったのに」 「いじわる」 ステラと顔を見合わせて、ミリアリアは笑う。 気にはなるけれど、あと少しでその答えはやってくる。 一度目のブザーが鳴った。館内の明かりが落ちる。 ミリアリアはちらりと出入り口のほうへ視線を向けた。隣ふたつの席は未だ空席だ。出入り口まで迎えに行くべきか。腰を浮かそうとしたところで声をかけられる。 「ミリアリア。まだ大丈夫なのかしら」 急いできたのだろう。息が弾んでいる二人連れにミリアリアは破顔した。 「ナイスタイミング。これからよ」 劇の題名が読みあげられ、二度目のブザーが鳴り、そして幕は上がる。 *** 舞台の上手と下手。中央を見据えるように四人の男女がいた。 白煙があたりを覆い、舞台奥に明かりが落とされているだけで、煙に姿を隠す彼らの表情は客席から窺い見ることは出来ない。 一番下手側に立つ青年が朗々とした声を響かせる。 『巫女は眠りにつかれた。封印と引き換えに 』 『けれども、巫女自らその身に呪を施し、お眠りになるなど聞いたことがございません』 男の隣に立つ少年が、不安げな声をあげる。 『前例がなければ作ればいいだけのこと』 『いつまで持つ』 片膝をつく男が問う。 『わからぬ。そのような未来のことなど、あの方しかわからぬことだ』 胸の前で手を組み合わせ、膝を折っていた少女が顔をたれる。 『時に流されることを願うしかないのでしょうか』 少女の言葉を継ぐように青年は言葉を掬い上げた。 『我らは無力だ。だが、我らは動くことができる。導くことができる。未来を視るしか出来ず、心を痛めるよりよいではないか』 『時の満ちを待てればいいが』 男の声に混じるのは望み。 『今はただ、願うしかない』 細やかな鈴の音が鳴り、いくつもの小さな音は重なり合いひとつの大きな音となる。 四人は互いに背を向け、それぞれに袖へと去って行った。 「 へッぶぇくション」 「キラ、音が漏れるだろう」 口先にハンカチを当てながら声量を落としたカガリが傍らで鼻をすするキラをたしなめる。 変な臭いがする、と涙目だ。 「無理な注文だよ」 「準備を怠ったキラが悪い。ドライアイスの件は前から分かっていたし、こうなることは目に見えていたぞ。だいたい、虎がかんでいる時点で察するべきだ」 舞台へ白煙を送るべく家庭用扇風機を操作しているカガリはくしゃみと格闘している従弟に呆れつつも、反対側の舞台袖で嬉々とした虎とともにドライアイスの白煙を起こしているアスランを見やる。 あの二人は軽装のこちらと違い手抜かりなく重装備をしている。同じように舞台衣装を着ているはずなのにこの違いはなにだろう。 自分たちもあの装備の一部を分けてもらいたいほどだ。 舞台上の四人が動き出したのを合図にカガリは扇風機を止め、キラはドライアイスを入れていたバケツを持って走る。ドライアイスを使う場面はもう一場面あるが、しばらく後のために、今使っていたものを片付けに館外へ行ったのだ。 劇が始まった。 カガリの出番は一場面だけだが、長いウィッグに同じく裾の長い衣装。着慣れぬ服に腕にまとわりつく衣。アサギたちが苦心して作った服というだけあって出来栄えは素晴らしいが衣装の重みと共にだんだんと緊張が増してくる。 かつて出たこれよりも多くの人の前で読んだ弁論大会でさえ、こんなに緊張しただろうか。なんだか考えれば考えるほどマイナス方向へ向かっているような。 ふわり、と甘い香りが鼻腔をくすぐる。 肩に手を置かれ、 「深呼吸ですわ。吸って、吐いて。はい、吸って、吐いて」 声に導かれるようにして、カガリは何度か深呼吸を繰り返す。 「適度な緊張は必要ですけれど、過度の緊張は負担が大きすぎますわ。大丈夫です。ちゃんと練習をしてきたのですから」 笑みを浮かべ、カガリの顔を覗き込んだのは、学院の歌姫と名高いラクスだった。 彼女もまたカガリ同様、舞台衣装に身を包んでいる。 「直にわたしたちの出番ですわ」 すっと彼女は舞台上を指差す。 「さあ、行きましょう」 *** 「わたくしはあなたとずっと、ずっと一緒にいるの」 遠い日の約束。 何も知らず無邪気なまでも幼かった自分。ただ幼心に願い、口にした言葉。 遠くに山々の連なりを望むなだらかな丘陵地帯。天の色を映し、馬蹄形をした湖を中心に広がる街の北方 カガリは重い足取りで薄暗く長い回廊を歩く。 回廊の両脇に茂る樹木が陽光を遮り、朱色に塗られた手摺りが薄闇に浮かび上がる。 昼間だというのに王宮の喧噪は届かず、また鳥の囀りや木々の葉音も聞こえてこない。かすかな衣擦れの音が異様に耳につく。 深閑とした回廊の終わりが近づくにつれカガリは二の足を踏んだ。 (自分の心に素直になること) 月明かりを背に受けながら彼女は微笑んだ。 (人間、苦しみも大切ですけれどそれに見切りをつけることも必要ですわ) (……わたくしはどうしたらいいのか分からないの。どうしたら良いのか) (心というものは度し難いもの。まして自分の心さえ解らないのに人の心まで解ろうとするのは愚かなこと) 風が駆け抜けていく。 蒼の瞳を持つ彼女は天を見上げた。 (悩んでばかりなのも結構ですけれど、決めるときは決める。 (わたくしは……) (どうなさりたいのです?) 彼女は再度問う。 銀色の光が彼女の薄紅の髪を照らす。天高く星が輝いている。 (何本も何十本も枝分かれをしている道から進む先を選ぶのは自分自身ですわ。悔いのないように、たとえ人が選んだ道であっても自身が納得するか否かでは違います。 後で悔やむから後悔と言うのです。前から悔やんでいたら後悔ではなくて前悔ですわ) 振り向いた彼女の瞳に笑みが飛び込んでくる。 (わたしは、好きです。その想いだけは変わらない) その瞳に宿るのは確固とした意思の輝き。 (想いを告げる相手はあの方ですわ) 彼女は微笑を浮かべる。 (あなたの親友として、またこの国の巫女として、尊き姫君の幸せを願っております) 違う場所の異なる時間。 話の世界は細い糸が途切れることなく続いていく。 「さすがに歌姫は場慣れしているな」 その中心は、巫女が担う。 門外漢にはさっぱりわからないが、以前、演出を担当する女子生徒が「いかに暗転をなくて場面転換をなくすかに力を入れてみました」と言っていたのがこれなのだろう。 袖に去るカガリと入れ替わり、イザークが舞台に出て行く。 「我らが王たる文化祭実行委員長殿も、朝とは打って変わって熱が入って」 文句を言いながら今朝の「はだかの王様」も真面目に演じていたが、やはり意気込みが違う。 劇は生徒会役員をモデルに書いた小説をもとにした作品だ。今日の為に梅雨時から練習をしてきただけにその思いも一入だろう。 文化祭の目玉の一つにも数えられる生徒会のステージ。昨年は歌って踊れる元生徒会長主導で芸術コンサートを行い、ディアッカも日舞を披露したのだが、今年は文芸部、演劇部、報道部、美術部、手芸部、といった面々の協力を仰いで一つの劇を上演することになった。 「それはそうだろう。今回は服をしっかり着込んでいるからな」 「いや、それは違うと思うぞ。アスラン」 袖から舞台を見守りながら真顔で言う幼馴染にディアッカは嘆息した。 劇は進み、最後の山場を迎えようとしていた。 「準備はいいのか」 ああ、とアスランは右手に持つ刀を鳴らす。 「このシーンを一番練習したからな」 剣を使うために、アスランは剣道部の練習に参加したほどである。 「そりゃそうだ。しかし、すごいなその模造品の刀。シホちゃんの親父さんもよく貸してくれたな」 「古今東西の模造刀を収拾するのが趣味らしく一緒に行ったイザークと意気投合して話をしていた。今回借りてきた刀はなんでもダブって買ってしまったものらしく、せっかくだから存分に使ってくれと言われたよ」 「壊れても気にしないという事か。よかったな」 「後を考えなくても良いという点はとても助かる」 *** 茜色に染まる空が広がる。 西天からそそぐ陽光が、細く長い影を作り出す。ときおり、強い風が吹いては髪をなびかせた。浜辺に打ち寄せる潮騒の音以外、なにも聞こえない。 遠く、水平線の彼方に夕陽が沈んでいく。 足を踏み出すと砂は悲鳴をあげた。 彼の瞳は目の前にいる男以外、映してはいない。夕影の中、二振りの剣がぶつかり合い、激しい金属音が響震する。打ち合うたびに剣花が飛び散る。彼には既に男と幾合打ち合ったのかも分からなかった。 繰り出される切っ先を互いに交わしながら、彼は男に向かい剣を突き出す。砂に足をとられ蹈鞴を踏んだ男の剣を弾き飛ばし、彼は躊躇うことなく切っ先を男の喉に構えた。 男は一突きで首を絶たれぬかも知れぬというのに、動じることなく彼を見つめた。男の瞳に剣を持つ姿が映る。 雲が流れるように過ぎ去っていく。二人は微動だせず、その場に立っていた。いつの間にか、空は厚い雲に覆われていた。白線が流れる。やがて、大きな雨粒が地を打ち始めた。 ( ただ静かに国の王はそう告げた。 (あの子が君を慕っているのは知っている。だが……) (だが、何です) 宵の刻。薄暗い部屋で、こちらに背を向け、外を眺める国王がどんな表情をしているのか伺い知ることはできない。 (君も解っているだろう) ( (じき、あの子は国を出る) (あの方はそれを望まなかった) (昔の話だ) (何故です。今更、何故あの方はそれを望むのですか!) ( 国王はゆっくりと彼のほうへ向くと、その瞳を見つめながら言った。 (わたしは君を好ましく思っている。しかし 国王の瞳に浮かぶのは哀れみ。 ( 彼が『彼』であるがために、それは叶わない願い。 あの日。あの風に乗って花が舞う日。 伸ばした腕が空を切る。 晴天を舞う花は、曇天を舞う立花よりも冷たかった。 宝玉を目の前にいる男に奪われるのをただ眺めことしかできないのだ。 その昔、それを拒絶しておきながら。 「 怯えることなくもなく男は口を開いた。風雨が男の長髪をからめとる。 「あなたから彼女を奪い取るわたしを 」 これは醜い嫉妬。手にすることのできない宝玉を手に入れる男への。 「うるさい」 彼は低く唸った。 闇の中で暮らす彼にとって、たった一つの灯火。男はそれを消し去ったのだ。 「わたしが 男は問う。彼は返事をするかわりに、剣を持つ手に力を入れた。 book / 2008.08.16
web / 2024.11.11 |