| ●● Promettre son amour 3 |
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バタバタと足音がし、扉が開いた。 星の落ちる闇に、光が差し細く影が伸びる。 「こら! アスラン、キラ! 早く来いって言ったろう!! なんで、さっさと来ないんだよ!!」 戸口に立ち、カガリが腰に手を当て睨んでくる。なぜかその手にはフライパン。 「カガリ」 アスランが驚いたように目をまたたかせると、カガリは歩み寄り、翡翠の瞳を覗き込むと、 「せっかく作った料理が冷めるだろう」 頬を膨らませ、そっぽを向いた。 「……アスランに食べてもらいたくて、ラクスと頑張って作ったんだからな」 小さな呟きに、アスランは笑みを浮かべると、そっと彼女の身体を引き寄せ口付ける。陽が落ちた夜の海風が冷たく、抱きしめた身体がとても温かい。 「 人前でこんなことをするな、と頬を染め、慌てふためくカガリをさらに強く抱きしめると、アスランはキラのほうをちらり、と横目で見る。 キラは先ほどとかわらず、砂浜に突っ立ったまま虚ろな視線で遠くを眺めていた。 「大丈夫だよ」 「おい、アスラン!!」 くすり、と笑うとアスランは、カガリの耳元でささやく。 「エプロン姿のカガリも可愛いよ」 顔をさらに真っ赤にしているカガリを愛しいと思うも、残惜しみつつアスランは、彼女の腰に回していた手をゆるめる。 「それにしても、カガリ。……そのフライパンは?」 アスランが躊躇いがちに問うと、 「え? ああ、これはお前らが遅いから」 「殴ろうかと思いまして」 カガリの言葉を継ぐように、ラクスの凛とした声が響く。 え!? と驚いて視線を向けると、いつの間に出てきたのか、戸口にラクスの姿があった。その周りをハロが〈マイド! マイド!〉と飛び跳ねている。 カガリはふわふわと微笑むラクスの言葉に慌てて訂正を入れる。 「ち、違う!! これは、その」 くすくす笑いながら、ラクスは手を口元へ持っていく。 「カガリさんは、お玉でフライパンを叩こうとなされたのですわ」 分からない、とカガリを見ると顔を背けられた。 「今日、カガリさんと一緒に見ていた昔のドラマで、家族の方に朝食を告げるところを、フライパンをお玉で叩いて呼びかけるシーンがありましたの」 それで、と納得したようにアスランは頷いた。 カガリもやってみたかったのだろう。だが、そんなことをしたらお玉が壊れるのではないだろうか。 しかし、とアスランはカガリを見る。彼女はフライパンしか持っていない。 「カガリさんがこれをお忘れになっていましたので、お届けに参りましたの」 どうぞ、とラクスは銀色のお玉を差し出した。 それを見てカガリは、あ、と小さく声を漏らす。 どうやらカガリはお玉を忘れていたらしい。相変わらず、そそっかしい。つい、吹き出してしまうと彼女が抗議の声を上げる。 「 カガリにお玉を手渡しながら、ラクスは浜辺にたたずみ、微動だしないキラを心配そうに見やる。 「こんなにすぐ近くで、アスランがカガリさんを抱きしめているのに、何も言わないなんて……」 確かに、とアスランは不本意ながら頷いた。 自分とカガリの関係を認めているのだろうが、いつもなら、カガリの傍に近寄っただけで文句を言ってくる。抱き合うなんて以ての外だ。それ以上の行為なんて、キラに知れたらどうなるかわからない。 この元婚約者は、最初から様子をうかがっていたような気がしてならない。 はぁ、とアスランは溜息を吐くと、キラの方へ顔を向ける。ラクスが外に出てきたことにも気づいた様子はなく、まだ、ぶつぶつ呟いている。 キラがこの島に来てから、ぼんやりと海を眺めているのをアスランは知っていた。しかし、今のキラは、それとは違う。何が違うのかと尋ねられると、どう説明してよいのか分からないが、とりあえず、何かが違うのだ。 ふと、先ほどのキラの言葉が脳裏によみがえる。そして、ときおり漏れ聞こえる声。 「 口をついて出た言葉。その言葉に、カガリとラクスは顔を見合わせる。 「わたくしの料理がどうかしまして?」 ラクスが小首を傾げる。 言ってもよいものか、と思案していると、ラクスが吐けというように睨んで、いや見つめてくる。笑顔なだけに恐ろしい。 「……俺が、ラクスと婚約しているときに、あなたの手料理を食べなくて運がよい と。あと、オムレツがどうのこうのと……」 途端、周りの空気が冷えたのは、たぶん、気のせいではないだろう。 「あらあらあらまあ 。キラ、そんなことをおっしゃいまして?」 アスランが首振り人形のように何度も首を振ると、ラクスはカガリの方に向き、 「カガリさん、そちらのお玉を拝借してもよろしいでしょうか?」 「え? ああ、いいぞ」 カガリが受け取ったばかりのお玉を渡すと、ラクスはそれを握りしめた。そのまま彼女は踵を返すと、優雅にステップを踏みながら、テラスの階段を下りていった。 その後を、ハロが跳ねながら転がっていく。 「 ラクスの後ろ姿を見送りながら、カガリはフライパンを胸元に抱きかかえた。 「キラはわたくしの作った料理を食べるのは、嫌ですか?」 辺りを配するのは夜の闇。 まるで、いつかの日のようにエプロンをつけ、お玉を持ったラクスが目の前にいた。 月明かりに照らされて、金属製のお玉が怪しく光る。 「キラは『ラクスの料理は食べられない』と」 (もしかして、僕、声に出した?!) 「え、いや、そんなことはないよ!!」 微笑んでいるけれど、目は笑っていない。 (それより、なんでここにラクスがいるの?!) 波の音がひときわ高く鳴った。 慌てて見回すと、哀れみの表情を向けるアスランに、フライパンを持ったカガリが寄り添っている。 (あー!! 何、二人とも引っ付いているのさ) 「キラ?」 キラの耳に、ラクスの低い声が入り込んでくる。愛らしい笑顔を浮かべているだけに、そのギャップが怖い。 (ラクス。君、そんな声も出せたんだね) ここは南の国ではなかったか。それとも、自分は知らないうちに南極にでもやって来たのだろうか。 「わたくし、キラとお話したいことがありますの」 ビクッ、と後ずさると靴が砂に食い込んだ。 ラクスがテラスのほうに向き、手を振る。 「カガリさーん、アスランと一緒に先に戻っていてくださいなー」 その言葉に、二人は視線を交わすとわかったというように頷き、テラスを後にた。 「アスラン?! カガリ!」 助けを求めようと名前を呼ぶが、彼らの姿は家の中へ消えていく。 パタン、と扉の閉まる音がいやに大きく辺りに響いた。 「キラ」 宇宙のように深い彼女のブルーの瞳に、怯える自分の姿が映る。 風が労るように、身体を包み込む。 彼女の握るお玉が、今にも折れそうなのは何故だろう。 キラは無性に、家の明かりが恋しいと思った。 book / 2005.08.21
web / 2024.05.12 |