Promettre son amour 5





 キラは非常に困っていた。
 そもそも自分は今まで、料理らしい料理をしたことはないし、台所に立ったことも数えるほどしかない。いざ料理をしようと思っても、どこから手をつけたらよいのかわからないのが実状だ。

「こんなことなら、母さんの手伝いをするんだった」

 今さら言っても後の祭りである。
 キラは肩を落とした。

「なんで、こんなことになったんだろう」

 とにかくラクスに謝らなくては。だが、問題はどうやって彼女に謝るかだ。
聞く耳を持たない、とはこのことだろう。弁明をしようにも、話を聞いてくれない。
 こんなことは初めてで、以前、アスランがカガリと喧嘩して、どうやって謝ろうかと慌てていた彼の気持ちが少し分かった気がする。
 だがしかし。
 キラは今夜の出来事を思い返していく。
 そもそも、自分とラクスがこんなことになってしまったのは彼のせいではないか。

(アスランが惚気るのがいけないんだ)

 責任転嫁という四字熟語が脳裏をよぎる。
 良心の呵責もあるが、

「アスランのせいにしておこう」

 そうとでも思わないとやっていけない。

「俺がどうかしたのか」

 後ろから声がした。
機嫌が悪そうだ。
 振り向けば、案の定そこには、しかめっ面をしたアスランがいた。

「おはよう、アスラン」

「ああ、おはよう」

 やはり、早起きをさせたのがいけなかったのか。アスランは低血圧だ。その割に、ちゃんと起きてくるのだが。

「五時に自分の部屋まで来てくれ、と言ったのは誰だよ」

「あ……」

昨晩、ショックに打ちひしがれているとき、仲よさげなアスランとカガリの姿を見て、ふてくされながら彼にそれだけ言い寝入ってしまった気がする。

「ごめん。部屋まで来てくれたんだ」

「当たり前だろう」

 文句を言いながらも、彼は昔から律儀につき合ってくれる。

  それで、早起きをしてまで、キッチンで何をしようとしているんだ?」

 アスランがため息混じりに尋ねる。

「朝食を作ろうと思って」

「…………、朝食を作る?!」

 その言葉に、アスランは素っ頓狂な声をあげ、まじまじとキラを見た。

「誰が」

「僕が」

「キラが!?」

 目を黒白させ、凝視する。

「……お前、料理出来たか?」

 ううん、と首を振ると、アスランが呆れたように手を額に当てた。
   分かっているよ、君の言いたいことがなになのか。
 月にいた頃も、アスランが料理をすることはあっても、自分がしたことはない。
「それで、どうやって朝食を作るつもりだ……」

「だから、アスランを呼んだんじゃないか」

「……」

「僕とアスランとの仲でしょう?」

 キラ、とアスランが複雑な顔で呼んだ。

「そもそも、なんで料理をすることになったんだ?」

 それは至極もっともな問いだろう。



「……いい加減、笑うのをやめてもらえないかな。アスラン」

 頬を膨らませながら、キラはアスランを睨む。けれど、それはアスランの笑いをいっそう誘うものだった。
 笑いを堪えようとしながらも、堪えきれておらず、身体が微かに震えている。自分でも今にも吹き出しそうなのは解っている。
 ラクス愛用のフリルのついた白いエプロンと揃いの三角巾。
 キラとしても、この年になってそれらを身につけることは少々、いやかなり不本意ではあろう。だが、そもそも料理をしないキラはエプロンを持ってはいない。
カリダさんのエプロンでもあれば良かったけれど……。
エプロンなしで料理をしてもよかったのだが、アスランが止めた。

『いつも服を泥まみれにしていただろう』

   それは幼年学校時代の話。
今からやるのは料理で、泥んこ遊びではないが……。

『自衛することも大切だ』

 と、傍にあったラクスのエプロンとついでに三角巾を押し付けた。

「自分はちゃっかり、用意してきているのに」

 アスランはデニム地のエプロンを身につけている。
 それは、カガリが無理やり荷物に詰め込んだ物の一つだ。

「何があるか分からないから、とカガリが入れたんだよ」

「備えあれば憂いなし?」

「よく知っているな」

 キラとて頭が悪いわけではない。ただ、彼の口からそのような言葉が出てくると、変な違和感を覚える。

  君、僕のことを馬鹿にしている?」

「いや、悪い、悪い」

 謝りながらも、アスランの口元は笑っている。
キッチン台に並べた材料を見て、キラはアスランに尋ねた。

「何を作るの?」

「スクランブルエッグ。目玉焼きにしようかと思ったけれど、うまく卵が割れなかったら困るだろう」

「僕だって、卵くらい割れるよ」

 胸は張って豪語する姿はカガリそっくり。
 キラがカガリに似ているのか。カガリがキラに似ているのか。
 そんなことはどうでも良い。
 ただ、そんな姿にふと笑みが零れた。

   ガッ…グシャ。

 物思いに耽っていると、横から嫌な音とともに、冷たくぬるぬるするものが頬に飛んできた。

「……キラ?」

 見れば、黄身にまみれたキッチン台。
 左手にボールを。右手にぐーをつくったキラが、あははと笑っている。

「卵を割るのは難しいね」

 ボールの中には、黄身と白身と卵の殻の残骸。
 簡単そうな、とスクランブルエッグを選択したのだが。卵料理を選んだのが失敗だったのか。それとも、キラから話を聞き、なんで俺が、とも思ったが、つい可哀想になり手伝ってやる、と言ったのが間違いだったのか。
   寝に帰ればよかった。
 言っても後の祭りである。

「俺が卵を割るから、キラはフライパンを温めてもらえるか?」

 卵にまみれた手を洗っているキラをちらりと見ながら、アスランはキッチン台を拭いていく。
 前途多難だ。
 アスランは再び冷蔵庫から卵を取り出すと、器用な手つきでボールに割り入れていく。アスランとて料理は作れる。面倒くさいので作らないだけであるが。
 卵をかき混ぜるための菜箸を捜していると、キラの困惑した声がした。

「アスラン、このコンロ壊れているよ」

 火がなければ料理は作れない。

「フライパンをコンロに置いても、ぜんぜん温くならないもん」

 と鼻息荒く言う。
 アスランはコンロを一瞥すると、呆れたように問うた。
「……キラ、電源入れたか?」

 ここのコンロは、ガスではなく電熱で温めるようになっている。

「電源?」
 なにの、という風にキラが首を傾げる。

「フライパンを置いても、電源を入れて、スイッチを押さないと温まらない」

 ため息混じりの説明に、キラは感心したように手を叩いた。

「そうなんだ」

 知らないにも程がある。
   カリダさん、キラにも手伝いをさせてください。
 自分で作れば直ぐ出来上がるだろうが、これはキラが作らないと意味がない。
 卵を割ってしまえば、あとは調味料を入れて混ぜ、フライパンの上で熱を通すだけだ。
 そこでアスランは、ラクスが裏手の畑にパセリを植えていたのを思い出す。
キッチンの窓の外に広がる緑の畑。
使ったことは後で断りを入れればいいだろう。パセリは料理を引き立てるだけでなく、キラが焦がしたりしても、その色味で多少は誤魔化せる。
 アスランはキラに調理法を説明すると、パセリを取りにキッチンを出ていった。



アスランに頼ってばかりではいけない。
 彼女のためにも、自分が頑張らなければならないのだ。
 キラは先ほど、アスランが言ったことを反復しながら、手を動かしていく。
 塩こしょう少々。
 牛乳をちょびっと。
 ボールの中身がどろっとし、黒っぽいものが浮かんでいるがこれでよいのだろうか。
キラは首を傾げながら、フライパンをコンロにかける。 フライパンが温まったのを確認し、油を引こうとして手を止めた。
 茶と緑の似たような瓶。どちらにも油と書かれている。しばし考えたのち、キラは右の茶色の瓶に手を伸ばした。



 これは一体何だろう。  彼はスクランブルエッグを作っていたのではなかったろうか。
 戻ってきたアスランを待っていたのは、何とも言えないスクランブルエッグもどき。
 さすが双子というべきか、見た目だけなら、カガリの料理と引けはとらない。
 辺りを漂う香ばしいそれは、使うハズのない物の匂い。

「ゴマ油の匂いがするのは気のせいか?」

「うん、使ったよ」

 これ、とキラがゴマ油とラベルの貼られた茶色の瓶を差し出す。

「油を引くときに、オリーブオイルとどちらにしようか迷ったんだけれど」

 なんでオリーブオイルにしなかったんだ、と言ってももう遅い。
 アスランが用意した調味料のほかにも、彼はそこらにあった調味料を入れたらしい。
「味見はしたのか?」

 案の定、彼は首を振ると、アスランに箸を差し出した。
 つい箸を受け取ってしまったが……。
 嫌な予感がする。

「アスラン」

 キラが満面の笑みを浮かべている。

  僕の愛を受け取って」

「断る」

 受け取るもなにも、これでは自分が毒味役ではないか。
 ハラハラドキドキしながら食べる料理は、彼女が作ったもので十分だ。
 キラが不服そうな声を上げる。ふて腐れたように顔を背けると、

「いいよ。アスランが食べてくれないのなら、カガリに食べてもらうから」

「俺が食べる!!」

 『カガリに』と言われ、とっさに食べると言ってしまったが、そもそも、キラがスクランブルエッグを作ったのはラクスのためではなかったろうか。

「ありがとう、アスラン」

 キラの微笑み。
 その裏で、むかしからどんな目に遭ってきたか。
 引き下がることも出来ず、アスランは恐る恐る箸を伸ばす。
 こんな気持ちは、初めてカガリの料理を食べて以来だ。
 アスランは箸を口に運んだ。


***


 生まれてはじめて料理をしてみて分かったこと。

「ラクス」

 はじめて作った料理は、はっきり言って食べられた代物ではなかった。
 作ってみて、自分はなんて失礼なことを彼女に思っていたのか分かった。
   食べられないと言って、
「ごめんなさい」





 料理を作るのは難しいです。
   キラ・ヤマト









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