幽霊少女の憂鬱 2  気がついたら幽霊でした





   あなたは幽霊が存在すると思いますか?
 かつての彼女ならばこう答えただろう。

「いるわけないでしょう」

 七不思議に興味を抱き、心霊写真を穴があくほど見つめるほどにオカルトは好きでもその存在を信じるほど彼女は素直ではなかった。
 しかし、現在の彼女ならばこう答えるだろう。

「存在してるわよ」

 なぜならば彼女自身が分類上  幽霊だからだ。




 絶叫マシンなど比ではない圧迫感に目をつぶる。押さえつけられる感覚が消えたのを感じ目を開けると、目の前には春先に行なわれたピアノ発表会のときに撮った、澄ました顔をした自分のモノクロ写真が菊花の中に飾られていた。隣には両親の写真も並ぶ。張られた鯨幕に数年前にも見た光景が重なる。黒い服を着た人が空間を埋めつくし、その中には白い顔をした兄がいた。表情はなくただ祭壇を見つめている。
 唐突に終わった人生と同様、唐突に始まった幽霊生活はしかし最初から挫折をみることになる。
 なぜ幽霊となったのかわからないが、両親は同じように幽霊となってはいないようで、マユはただ一人残された兄にコンタクトを取ろうと試みる。しかし、兄は霊感といったものがまったくなかった。
 目の前で手を振っても、背中に抱きついてみても、足にしがみついてみても兄は気づかないのである。

「肩が重いな。肩こりか?」

 そんなことを言いながら孫の手で肩を叩くのだ。
 思い返してみれば、兄はその手の類のことを信じようとはせず、学校の七不思議を鼻で笑い、図書室で借りてきた怪談本を片手に話をすれば胡散臭そうな目でみてくるのだ。
 自分に気づいて  と兄に期待をした自分が馬鹿だった。
 祖父母は既に鬼籍に入り、両親には兄弟がいないため事故のあと兄は遠縁の家に引き取られた。その家の仏壇の前でマユは縮こまっていた。
 片思いとはこういうものなのか、と。
 実の兄を甘酸っぱい恋の相手にたとえるのは、へそで茶を沸かすことだが、例えとしては間違っていないと思う。
 こんな兄に未練はない。いや、兄どころか自分としてはこの世に思い残したことなどないはずだ。
 続きが気になっていた漫画やアニメもすでに見た。自分の思い描く展開とは異なっていた展開に見なければよかったと思ったけれど。
 今思い返してみても、この時さっさと立ち去れていたら  
 しかし、幸運の女神はまだ微笑まない。
 事故死したのだから不運は使い果たしていると思うのに。むしろ幸運を増量してくれてもいいはずだ。

「……きみ、マユちゃんだよね? シンくんの妹の」

 神様、仏様、ご先祖様。
 誰でもいいですから、ここから消してください。
 本命は成仏だけれども、このさいお坊さんでも除霊する人でもいいから。
 なぜ、死してまでこのような試練を与えるのですか。
 不幸にもマユの存在に気づいたのは、兄を引き取った遠縁の男。
 自分を「見る」人間の登場に喜んだのがいけなかったのだろうか。


 幽霊となってから数年、小学生だった兄は高校生となった。あの事故以来、サッカーから離れていた兄だが高校進学に合わせて再開したらしい。毎朝早くからサッカーボール片手に家を飛び出していく。たまに通学カバンを忘れて行くのだから、我が兄ながら情けなくなる。

(お前はなにをしに学校へ行くんだ)

 自宅近くの高校を選んだことは幸か不幸か、その都度兄は朝練習が終わったあと取って返すのだ。
 その兄と世帯主が暮らす家は、男二人が住んでいるにしては小綺麗だった。
 マユは物が少ないリビングのテレビの前に座ると手をかざす。ぷつり、と画面に線が過ぎり、映像が映し出される。スイッチを押すことなくテレビをつけながら首を傾げた。

(いつも思うんだけれど、これってポルターガイスト現象?)

 もっともその問いを兄にしたところで「テレビの調子が悪いだけだろ」だろうし、あの男は「便利だよね」と答えるに決まっている。
 テレビには映し出されたキャスターがニュースを読み上げていく。

(失敗した。チャンネルも変えるんだった)

 マユは舌打ちをする。
 このキャスターこそ、父の従弟の従兄の息子にして兄を引き取ったこの家の世帯主。
 幼少時に事故で両親を亡くし父の従弟に引き取られ生活をしていたらしい。その後、父の従弟は病を得て亡くなってしまったが、そのような経緯があって自身と同じく天涯孤独となった遠縁の兄を引き取ったそうだ。
 黒髪碧眼の整った顔はおばさま方に人気があるらしく、確かに画面一枚隔てて鑑賞するならいいだろう。だが、間違っても近寄ってはいけない。
 天は二物を与えず。
 まさか幽霊となってまで辞書を引くとは思わなかった。
 今マユが願うことはただひとつ。
 この状況からの脱出である。









book / 2011.12.30
web / 2024.05.31